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特集 20の特徴 事業内容 鹿島建物について
特集

vol.1

タウンマネジメント事例

「住民がつくる、住みたい街・代官山アドレス」
Contets 旧同潤会アパートから都市居住空間の新再生
うつくしく開放的なコミュニティ形成
  安全な街づくり、効率的な管理を
建築概要


1.旧同潤会アパートから都市居住空間の新再生

代官山再開発は、同潤会代官山アパート所有者の建替え構想と渋谷区を中心とした周辺地域活性化構想とが一体となって実現した市街地再開発事業として、集合住宅、商業施設、地下変電所、公共施設などを建設・整備した住民主導型のプロジェクトです。

旧同潤会代官山アパート一戸あたりの面積は平均10坪ほどでしたが、払い下げを受けた昭和28年直後から広い土地を利用して増改築し、修理をしながらも長年に渡って同潤会の文化を大切に育ててきました。しかし、アパート全体の老朽化が目立ってきたのが建築されてから50年以上経過した昭和55年、どうにかしなくてはという住民の声により、「再開発を考える会」が結成され、昭和58年には住民全体の80%が建替えに賛成し、再開発準備組合が発足されました。
理事長である谷口壮一郎氏と居住者を中心に意欲的活動が行われ、これに協力企業6社が参加し、開発計画が進められました。
高さ120mの超高層ビル建設に向けて、近隣の協力により平成2年 「代官山地区再開発事業都市計画」が決定されました。
ところがバブル経済の崩壊により、保留床*処分計画が難航し、さらに鹿島・大成を除くデベロッパーは相次いで撤退したのです。
暗雲立ち込める中、吉報が入ったのは東京電力の地下拠点変電所を新設したいという申し出で、渋谷区の引き合わせにより権利者、行政、参加企業による再開発事業が明確になっていきました。
権利変換*は平成8年の7月に許可を得られ、同年9月に建物除却を開始しました。

代官山アドレスは、敷地内に公共施設を整備、公開空地*を設けるなどの代わりに補助金や容積率アップが認められるなど、都市再開発法*に基づく組合施工の事業方式で進められました。
空撮写真

代官山アドレスロゴ

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旧同潤会アパート
旧同潤会アパート
旧同潤会アパート
(写真撮影:昭和63年)

旧同潤会代官山アパート

(財)同潤会は関東大震災による被害救済機関として、震災の義援金を基に東京・横浜の16ヶ所に災害復興住宅が建設されました。
代官山アパートはモダニズム建築を意識した2,3階建ての近代的集合住宅で、大正14年に青山女学院跡地に着工、耐震・耐火性への配慮から当時日本の民間建築物では珍しいRC構造(鉄筋コンクリート造)が採用されました。また、全36棟337室に水洗トイレや井戸水利用の自家水道が設置され、食堂や公衆浴場、児童公園などの公共施設も付設されていました。
そして、昭和39年東京オリンピック開催と共に高度経済成長の幕開けで、人々の暮らしは大きく変化していき、代官山アパートの住民にも大きな影響が与えられていったのです。


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